西向く侍ならずとも

面白いと感じたものをひそひそと語る、そんなブログになります。ときには考察じみたものも書きます。ふと考えたことを字に起こして書き出してみたいだけです。

"極限脱出シリーズ"が面白い

 あなたは、極限脱出シリーズ3部作をご存じだろうか。
 この3部作はスパイク・チュンソフトから発売されている「9時間9人9の扉」「善人シボウデス」「ZERO ESCAPE 刻のジレンマ」の3作からなり、それぞれニンテンドーDS(3DS)、PS VITA,PS4で遊べる。

 

極限脱出 9時間9人9の扉

極限脱出 9時間9人9の扉

 
極限脱出ADV 善人シボウデス - PSVita

極限脱出ADV 善人シボウデス - PSVita

 
ZERO ESCAPE 刻のジレンマ - 3DS
 

 

 この3部作はいわゆる密室から脱出するために、部屋に散りばめられた謎を解き明かしていくという……よくある脱出ゲーム……と、シリーズを全く知らない人からすれば、それがメインの部分だと思われるだろう。……だが、あえて言うならば「それは物語の過程で強いられる些細な要素でしかない」のだ。

 

 本記事では、このシリーズがいかに面白いかを語り綴ろうと思う。ひょっとしたら、多少のネタバレ要素があるかもしれない。……本来ならば、なにも言わずにプレイしてみることを勧めたい。最初にこの物語の意味するところを理解したときの、驚きと快感をぜひとも味わってほしい。

 

・鍵となるのは「9」という数字
 シリーズ第1作「9時間9人9の扉」および第2作「善人シボウデス」では、9人の男女がとある施設に拉致され、その全員はノナリーゲームというものを強いられる。ノナリーとは、「9つからなる~」「9進法の~」という意味の言葉。語源はラテン語の「ノナ」で、これは9の接頭辞。……たとえば1の接頭辞は「ユニ」であり、一角獣と言われるユニコーンを思い浮かべる。続けて2はバイナリの「バイ」、3はトリオやトライアングルの「トリ」、それから【クゥォルト】【クィント】【セクサ】【セプト】と続き、8の接頭辞は「オクト」でタコを英語で言うところのオクトパスの由来だ。

 そしてこのゲームの登場人物は施設に閉じ込められた9人、それぞれ腕のバングルに記された1~9の文字、タイムリミットは9時間、数字根が9になる組み合わせを作り、そして9の扉を目指せ……。というのが「ノナリーゲーム」のざっくりとしたあらましである。主人公らはこのゲームに(強制的に)参加させられ、信用、裏切りを互いにぶつけ合いながらゴールを目指していく。

 ……と、先述したがこのシリーズは「単なる脱出ゲームではない」という言い分に対して、では「人狼ライアーゲームのようなものか」と考えるかと思われる。が、しかしそれもこのゲームの本質と違うのだ。

 このゲームシリーズの真なる部分は、そのストーリーの中にある。

 

パラレルワールド(多世界解釈)の要素が強いSF

 多世界解釈とは、われわれの行動ひとつひとつが世界を枝分かれさせていき、それぞれが自意識とは異なった別の自分が存在するパラレルワールドとして宇宙に存在している、という説である。つまり、たとえばあなたが駅までバスで向かうか歩いて向かうか、それだけで2つ、いやそれ以上の世界が分離して生み出されていくということだ。バスに乗って向かっていたら事故にあっていたかもしれない。歩いていたら無事だったが遅刻をしてしまって社会的地位を失ったかもしれない。

 そしてこれは人間の選択によって枝分かれしていくだけではない。大気が1ミリずれた軌道を流れるだけでも世界は枝分かれしていく。……バタフライエフェクトという言葉がある。これは蝶の羽ばたきが世界の運命を変えてしまうというものであり、蝶がひらりと羽ばたいた結果地球が滅亡する未来を作りあげてしまうかもしれないというものだ。

 こういった多世界解釈に関する哲学的な内容が、ゲームに登場するキャラクターたちによって簡潔に、また考えさせられるような形で提示される。

「とある道にカタツムリがいた。だから世界は滅んだ」

 これは3作目ZERO ESCAPEに登場するキャラクターのセリフであるが、本当にそのカタツムリが結果的に世界を崩壊させるキッカケであるのだ。

 また、劇中には「シュレディンガーの猫」の話も取り上げられている。

「50%の確率で毒素を放つビンの入ったこの箱を閉じる。さて、箱の中の猫は生きているか? 死んでいるか?」

 量子論の話ではあるが、この場合は「どちらの状態でもある」が正解だ。箱の中を観測するまで世界は分からない。ここは猫が無事に生きていた世界なのか、それとも運悪く死んでしまった世界なのか。

 

・世界線を飛躍する力を持つ者

 物語はいわゆるマルチエンディング形式であり、プレイヤーの選んだ選択肢によってラストが変わる。ハッピーエンドもあれば、悲惨なバッドエンドも存在する。こういった要素は色々なゲームで取り入れられるものなので、連想はしやすいだろう。……だが、それらのゲームと決定的に違うという部分がこのゲームシリーズにはある。

 それは、主人公が他の選択肢のルートのことを覚えているマルチエンディング形式だという部分だ。

 つまり無数に枝分かれしていってしまうパラレルワールドそれぞれの記憶を一つの世界に保ち、どの世界線で何が起こったかを全て知っている――つまり限りなくこのゲームのプレイヤー(あなた)に近い主人公であるということだ。当然、ゲームを遊んでいるあなたは知っている。この選択肢を選んだらどういう結果になってしまうか、ということを。だがそれを、ゲームの中の登場人物である「彼」もまた知っている。

 これは単なる「時間のさかのぼり」ではなく、異なった選択世界の過去、未来、をも知り尽くし、世界をジャンプしていくというストーリーなのだ。ゲーム内ではこの現象を、肉体から意識を別世界へジャンプさせる――SHIFTと呼んでいる。

 

・世界が枝分かれした後の自分はなぜ「自分」なのか?

 3作目「ZERO ESCAPE」では、こんなことをテーマにした話がある。

「例えば自分という存在が中央で真っ二つになった時、自分とは右と左、どちらに存在するのか?」

 あなたという意識が今、幸福な未来と地獄の未来の2つに決められてしまうとして、次に目が覚めた時、あなたが立っている世界はどちらだろうか。また、なぜそちら側だったのだろうか。

 先にも言った通り、世界が枝分かれするのに人間の選択は必ずしも必要ではない。大気がわずかに揺らぎ、蝶が羽ばたくだけであなたの未来が決まってしまうとしたら、なぜあなたの運命(世界線)はその一本道で確定なのか。

 運命は自分で切り開くもの、という至言が存在するが、たとえば些細なことがきっかけで宇宙が完全に滅び、その時になって自分はすでに荒廃した知らない惑星の上で生まれたとしたら……。つまり生まれてくる前からバタフライエフェクトが働いていたら。すでに未来を切り開くという選択肢もない状態でスタートを切ったとしたら。

 なぜ自分はその世界線に生まれてきた自分だったのか。

 

・"極限脱出"の真の意味

 ……このゲームシリーズは、こんなようなことをテーマにした壮大な物語である。少しでもこの記事を読んで興味が湧いて、遊んでくれる人が増えてくれると嬉しい。

 末文になるが、ゲーム内で個人的に印象深いと感じたとある人物のセリフで締めようと思う。

「箱の中の猫は生きているでしょうか、死んでいるでしょうか。決めるのは、あなた達です。」